見どころ
2019年本屋大賞にて5位に入賞した作品。
著者の平野氏は京都大学法学部出身ということもあり、法的観点からもこの奇怪な事件に挑んでいる。
また、平野氏が執筆した第二回渡辺淳一文学賞受賞作『マチネの終わりに』は2019年に映画公開、本作『ある男』も2022年に映画公開ということもあり、今話題の一人だ。
この本は
① ミステリー好きな人
② 不思議な本の世界に迷い込みたい人
③ ビターな雰囲気を味わいたい人
にお勧めの作品となっている。
見どころ① 掴みどころのなさ
この小説の肝は『X』という男だ。
素性の分からない、不可思議かつ不気味で掴みどころのない部分がおもしろい点である。
城戸は『X』の正体を探るためにあらゆる可能性を探ることとなる。
彼の本当の過去・目的を想像し探そうとするが、確かな人物像が浮かび上がることはない。
むしろ知ろうとすればするほど謎に包まれてしまうのである。
なぜ「X」里枝が住む町にやってきたのか。「X」はなぜ「谷口大祐」を自称したのか。
かすかに浮かび上がるヒントを手繰り寄せる様は非常にドキドキする。
読者側としても「X」の正体を掴もうと様々思考を巡らせる探偵としての立場を味わえるという部分が面白い。
見どころ② 人物像の深さ
登場人物の経歴にこだわりを持っているという部分にも注目したい。
例えば主人公の城戸は在日三世であるということから始まり、そこから派生して多くの悩みや考えに帰着する。
また東日本大震災にも触れており、そういった「自然の禍々しさ」を感じた男性という一面も描いている。
これらの設定が物語に直接関与することはない。
しかし、あえてこういった要素を盛り込むことでより人間らしい奥深さを形成できているといえる。
関わる人物の過去にも多く触れることで、城戸は人間性で頭を抱えるシーンも見受けられる。
また「今ある情報」ではなく「経歴からの考察」がみられるということも面白い。
在日三世という見解からは「X」はスパイだったのではと疑い、東日本大震災に触れたときには「X」が戸籍をもたないものではないかと疑う。
刑事を主役とした小説とは異なり、与えられた情報がないからこそ自らの経験・知識をフル稼働して「X」の考察を進める様は新鮮でワクワクできる。
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