【2020年本屋大賞】『そしてバトンは渡された』「優子と親子について」【書評・感想】著者:瀬尾まいこ

小説

普通の親子関係とは

 優子が精神的なダメージを負った理由の一つに、親と揉めてしまったという事実が挙げられる。

 彼女の家庭環境を鑑みれば当然かもしれないが、血のつながった親子は長い時間を過ごせば仲良くなれると考えていた。

「やっぱりおかしいよね。高校生にもなって父親ともめるなんて」

 二人の様子に私は小さくため息をついた。

 実の父親なら十八年間一緒にいるのだ。今さら関係がこじれるなどありえないだろう。

 それに確固たる結びつきがあれば、ちょっとやそっとで気まずくなることはない。

『そして、バトンは渡された』P221 発行所:株式会社文藝春秋 著者:瀬尾まいこ  

 ただ実際のところは親子関係とはいっても一対一の人間関係の延長上でしかなく、仲が良い・悪いも混在している

 引っ越しや離別を繰り返す彼女にとって長期間の関係性を構築したという経験はほとんどない。

 つまり長い時間をかければ仲良くなれると勘違いしていても当然なのかもしれない。

 それよりも彼女が大事だと捉えていたのは血の繋がりだろう。

 血のつながった関係性であれば、当然のことながら育てる義務が発生する。

 一方、森宮さんはおそらく親権をもっているのだろうが、あくまでそれは権利。

 冷たいようであるが優子は、森宮さんの再婚相手である梨花の血を引いてはいない。

 戸籍上の関係でしかないといわれればそれまでである。

 森宮さんは子育てというお金と時間がかかる行為を避けることだっておそらく可能である。

 ”実の親子でもないのに、育ててもらって申し訳ない”

 そういう気持ちが優子の気持ちの奥底に眠っていたことは間違いない。

 そんな彼女はこの微妙な距離感となってしまったことを機に、森宮さんとの関係を考え直す。


 さて、そんな二人の関係を取り持つきっかけとなったのが担任の向井先生である。

 学業に身が入らず、調子が振るわない優子を見かねて呼び出したのである。

 血の繋がった親子になれないと悩む優子に対して、次のように述べた。

「きっと、こういうことの繰り返しよ。

 家族だって、友達と同じように、時々ぶつかったり自分の思いを漏らしては

 ぎくしゃくして、作られているんじゃないの?」

「そうでしょうか」

「森宮さん、いつもどこか一歩引いているところがあるけど、

 何かを真剣に考えたり、誰かと真剣に付き合ったりしたら

 ごたごだするのはつきものよ。

 いつでもなんでも平気だなんて、つまらないでしょう」

『そして、バトンは渡された』P234 発行所:株式会社文藝春秋 著者:瀬尾まいこ  

 優子は親子に必要なものは長い時間を過ごすことと血の繋がりであると考えていた。

 確かにそれらも大切なことではある。

 長い時間を共有することで生まれてくる信頼関係や、血の繋がりがあることによる共通点があるだろう。

 しかしそれだけがすべてではない、というのは本書が伝えたいことであった。

 優子側も、優子の親側もお互いがぶつかり合うことを避けてきた。

 特に優子は一歩引いたところからでしか関係を構築することができなかった。

 ただ今回のこの一件を通して、優子は森宮さんとぶつかり合おうとした。

 森宮さんという一人の人間と、一人の親と本音で語り合うことでしか生まれない絆も存在するのだ。

 ”普通の親子”という縛りから脱却できた優子は、森宮さんとより深い”親子”に近づくことができたのである。

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