あらすじ
『ちょっと思い出しただけ』
7月26日。佐伯照夫の誕生日であるこの日だけを、2021年から1年ずつ遡る。
ケガでダンサーの夢を諦めた照夫と、タクシードライバーの葉ちゃんが過ごした「終わりから始まり」の6年間を描く物語。
感想・レビュー
言わなくても伝わる/言わないと伝わらない
まず注目してもらいたい箇所は照夫と葉ちゃんの「恋愛観の違い」である。
映画本編を見てもらえばわかるが「愛」の伝え方について、照夫は「言わなくても伝わる」という考えであり、葉ちゃんは「言わないと伝わらない」という考えである。
この考え方の乖離については随所にみることができ、両者のすれ違いが一番の見どころである。
初めに照夫と葉ちゃんの職業に注目する。
分かりやすい部分は葉ちゃんである。彼女はタクシー運転手という職業柄、喋りを大切にしていた。お客さんと対面の仕事である以上、人と喋ることは必須であろう。それを差し引いても彼女は話すことが好きなように思えたし、お客さんと喋るということを求めているようにも思える。
「話す」という行為の大切さ=言わないと伝わらないという考え方に繋がったのだと思う。
そんな葉ちゃんは、コンパの合間にナンパをしてきた康太と結婚・出産したことが映画のラストで明らかになる。
このラストには衝撃を受けたが、そこまでの葉ちゃんの恋愛観を振り返れば必然の結果のように思える。
タクシー運転手として会話が好きであったことを一例に、葉ちゃんは愛を言葉で表現することを欲していた。照夫と葉ちゃんが別れたとき、葉ちゃんにとっての照夫は「言葉で愛をくれない人」になってしまったのである。
もちろん、照夫にとっても葉ちゃんは変わってしまったのだと思うし、厳密に書くとすれば両者とも「変わってしまった」のではなく、付き合っていた時期だけ歯車がかみ合い、それが元通りになっただけに過ぎないと思う。
さて登場シーンがほとんどないが、葉ちゃんと康太のセリフを見てもらおう。
「あの~僕一生幸せにするんで」
「たばこもらうね」
「500%運命なんで、吸い終わったらもう一回こっち来てください」
Ⓒ『ちょっと思い出しただけ』製作委員会
このやりとりはワンナイトを終えたあとのやりとりである。
おそらく、照夫はここまで直接的なことを恥ずかしげもなく話すようなタイプではない。はぐらかし、躊躇し、別の形で愛を表現するだろう。少なくとも「一生幸せにする」という言葉を、あの状況で言えるような男性ではない。
だからこそ「愛を言葉で欲していた」葉ちゃんが「愛を態度で表現した」照夫と別れ、初めからストレートに言葉で愛を伝えてくれる康太と結婚するというのは当然の帰結である。
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