レゼの本心
これらの状況を考えると、レゼがデンジをどうしようがレゼにとっての最高の未来というものはなかった。
そのために捻りだした本心というのが「都会のネズミ・田舎のネズミ」論であった。
都会のネズミというのはまさしくこの時点でのレゼを示していて、デンジの心臓を持ち帰ることでいい報酬が手に入るかもしれないがそれは一時の快楽に過ぎない。
そのためレゼはそれよりも心の安らぎを求めていたのだ。
田舎のネズミになりたいと話してはいたものの、レゼはデンジに対して嘘をついていたと話していた。
「もしかして…私がまだキミを本気で好きだと思っているの?
君に会ってからの表情も頬の赤らめも全部嘘だよ。
訓練で身につけたもの」
『チェンソーマン』6巻 第51話「ダークダイビング」
では田舎のネズミになりたいという思いも嘘だったのだろうか?
しかし状況を踏まえると田舎のネズミになりたいというのは、どうも彼女の核心をついているように思える。
そもそもレゼは「都会のネズミ・田舎のネズミ」論をデンジに話す必要性はなかったはずである。
彼女の目的はデンジをタイミングよく殺すことだけであり、デンジを惚れさせるというのは手段のひとつに過ぎない。
惚れさせるという手法をとるには「都会のネズミ・田舎のネズミ」論は雑音に近い。
深夜の学校や花火大会などロマンチックな展開に対して、これらはシリアスに寄りすぎている。
恋愛を重視するのであればデンジが喜びそうなことを話し、彼が好きそうな話題を気持ちよく話してもらうかのどちらかがよいだろう。
しかしこの神妙な話題をもってきたということは色恋でデンジを誘うためではなく、誰かに話を聞いてもらいたいという彼女の本心が垣間見えた瞬間であった。
レゼは使命を果たさなければいけない一方で、自分の立場をわかってもらおうと、受け入れてもらおうと願っていたのではないだろうか。
確かに表情や行動には嘘が混じっていただろうが、レゼの話した言葉にはあまり嘘はなかったのではないかと思う。
その観点から考えるとデンジに対し「一緒に逃げよう」と話したことも、おそらくは彼女の本心だ。
騙されていることにも気づかないその愚直さと危機感のなさに、かえって安心感を覚えたのではないかと考えられる。
田舎のネズミになりたかったという言葉が本心だったからこそ、浜辺にてデンジに逃げると宣言したあとに向かおうとした先は名古屋や大阪といった都市圏ではなく、山形を考えていた。
(無論、これは藤本タツキの出生にかかわる部分が大きいと考えるが)
しかし最終的にはその選択肢を棄却し、レゼはデンジが待つカフェ・二道へ向かう。
そんな夢もかなわず、マキマに阻まれ、天使の悪魔に殺されてしまう。
それでも、「天使に胸を貫かれて」死んだレゼは、まさしく恋のキューピッドに貫かれたことを暗示している。
つまりレゼはデンジと出会ったことで田舎のネズミになることを諦め、デンジに恋をしたことでリスクの大きい都会のネズミになろうと考えが変わったのだ。
このようにして振り返るとレゼの行動は論理的に見えて、実に人間らしい最後であったなと感じる。

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