過去・現在・未来
先ほどは伏線を時間差で回収すると述べたが、「伏線」とは言えないもの、時間を逆行することから見えてくる変化を感じられるのも面白い。加え、登場人物が過去の変化を明言しないため、物語が進むことでした過去がわからないという点にも注目してもらいたい。
例えば2年目、帰宅中の照夫が後輩の泉美とばったり遭遇し、ごまり木へ飲みに行く。
照夫がトイレから戻ると「今違うって」「何それ引きづってんじゃん」「いや本当ちがうからいやマジいやマジ。彼氏今いるから」といった会話をしていた。
盛り上がり方からして泉美は照夫のことが好きだったのかもしれないが、あまりピンとこない内容である。
しかし5年目、泉美は照夫に誕生日プレゼントを手渡ししていた。さらには一緒にご飯に行こうと誘ってくる。ここでようやく泉美は本当に照夫のことが好きだったんだなとはっきりする。
かつ2年目の段階で誕生日をすっかり忘れていることから、照夫のことを好きだったというのは過去の話であり、未だ憧れはあるもの縛られてはいないことがわかる。
一番注目してもらいたい部分は3年目に照夫と葉ちゃんが大ゲンカをしたときのことである。
足をケガしたため夢であったダンサーを諦めるかどうかの瀬戸際に追い込まれていた照夫。葉ちゃんはたとえダンサーを諦めたとしても2人で一緒に暮らす未来を見据えていた。
照夫は自分のすべてを賭けていたといっても過言でもないダンスを奪われる可能性と葛藤しており、自分以外を見る精神的余裕が一切なかった。葉ちゃんはそんな照夫でも支えたいと思うものの、いくら言葉を投げかけても反応のない照夫に怒ってしまう。
照夫をタクシーから無理やり降ろすが、その際にプレゼントを手渡す。駅前で楽しそうで幸せそうな人たちを見つめながら箱を開けると中身は誕生日ケーキ。
一人寂しくケーキを食べる姿は照夫の孤独と苦悩を表現しているようだ。
別れたいきさつは描かれていないものの、2人の思いが通じ合うことはなく、おそらくこのケンカをきっかけに別れることとなる。
この時の、葉ちゃんが渡したケーキについて着目してもらいたい。
初見では気づくことができなかったが(というより気づけないようになっているのだと思うのだが)、この誕生日ケーキは水族館をモチーフにしているのである。何も知らなければ、可愛らしいデザインのケーキと思い、見過ごしてしまう部分である。
しかし4年目になると、照夫が水族館でアルバイトをしていることが明らかになる。また5年目でも働いている描写があることから、長い間水族館で勤めていることがわかる。
この水族館について照夫は「自由でいて自由じゃない感じ、重力から解放されている気分」と語っているように、水族館という場所を気に入っているから働いているようである。
さて、こうした経緯を踏まえて先ほどのやり取りを見返すと、また別の捉え方ができる。
というのも葉ちゃんは「水族館で働く」という選択肢もあると伝えたかったのではないかと思う。
照夫はダンスに魅入られており、ダンスこそが生きがいであった。
もちろん葉ちゃんも本心では照夫が踊り続けていくことを望んでいたに違いない。しかし、ケガの具合からみて現実的ではないだろうことも理解していたのだろうと思う。だからこそ、ダンスだけが人生ではない、それ以外にも選択肢があることを示したかったのではないだろうか。
「想像できるけどね。普通に働いて、休日は楽しんで、時々料理作ったりなんかして。そういう照夫君も推せる」
Ⓒ『ちょっと思い出しただけ』製作委員会
この葉ちゃんのセリフも、照夫が水族館で働く人生を想像しながら語ったのではないかと考える。
本来であれば、このケーキは家で食べる予定でだったことだろう。そこで「水族館で働くって選択肢もあるよ」と話していたのかもしれない。2人のためにも夢と向き合うことを望んでいた。
夢から覚めても大丈夫という葉ちゃんなりのメッセージが込められたケーキであったと私は思う。
ただ照夫は夢を完全に諦めることはできなかった。ダンスは辞めたものの水族館では働かず、照明という職業を選んだ
また現実世界(1年目?)ではダンスの舞台を照明で照らしていた。こうした姿を見ると、ダンスの世界を近くで見られる世界で働きたかったのかもしれない。
いずれにせよ照夫はダンスを捨てきれず、今でも夢を追いかけていたのである。
結果論にはなるが2人が思い描いたものとは異なるかたちの将来となった。
まとめ
「同じ日付」を「遡る」というテーマで『ちょっと思い出しただけ』という作品を見ていきましたがどうだろうか?
私としてはやはり2度目を見ないと気が付かない伏線・設定がたくさんあったなという感想である。
2人のすれ違いが巧妙に描かれているし、そのすれ違う様も時間を追ってではないと見れない点が思い白い。
何より2回見ても気づきがあるから1回目と同様に楽しめたという点も大きい。
2回目を見てない方はこうした記事も参考に見ていただきたい。
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