虎杖が考える「自死する度胸」
しかし受胎戴天編後、宿儺の生得領域内で復活を打診される。
「オマエが条件を呑めば心臓を治し生き返らせてやる」
「偉っそうに。散々イキっといて結局テメェも死にたくねぇんだろ」
『呪術廻戦』2巻 第11話「ある夢想」
「テメェ”も”死にたくねぇんだろ」と語るように虎杖自身も本音では死にたくないことが示唆されている。
そして無償で生き返ることを要求し、宿儺に勝負を挑んで敗北してしまう。
この受胎戴天の一連の流れを踏まえ、虎杖の価値観を深堀していこうと思う。
まず初めに虎杖の「人を助ける」という基準が”目の前の人”に限定されているという疑惑だ。
そのような思いがあったからこそ、伏黒を助けないわけにはいかなかった。
一方で、これから先の未来で死ぬかもしれない人は想定していない。
今回の一件で宿儺の危険さ・邪悪さを理解していたはずだ。
特級呪霊を圧倒し伏黒が手も足も出ない強さ、残虐性と暴虐性を兼ね備えた性格。
そんな宿儺に体を乗っ取られてしまうリスクも十分に考えられる。
そのような状況下で宿儺には条件付きでの復活を提示されたわけだが、それを了承してしまう。
まず生き返るということを望んだということから、虎杖の中には宿儺によって今後殺されるかもしれない人は想定されていない。
それよりも自分が助けられるひとを想像してしまった。
それどころか条件を設定した縛りを賭けた戦闘を行い、見事敗北する。
作中随一の力を誇る宿儺に勝てると思い込んだ傲慢さを感じる。
しかし実際のところ虎杖は生きる理由を、そのための言い訳を探していたように思えてならない。
つまり虎杖は生きたくてたまらなかった。そのうえで、死ぬとしても正当な理由かタイミングを欲していた。
何かを成し遂げたヒーローになれると信じてやまなかったと言ってもいい。
宿儺の指を取り込む。自分にしかできないからそれまでは自分は生きていなければならない。
それまでの過程でも多くの人を助ける。だから死ぬわけにはいかない。
そういう理由を盾に、なんとか生きる時間を得ようとしていたように思える。
これが意識的に行っていたのか、それとも無意識に行っていたのかはわからない。
ただ受胎戴天編での悲惨さを経て、なおも生き返ろうとしている様子を見ると、生への執着心を感じざるを得ない。
そのため虎杖が示す「自死する度胸」は2つ考えられる。
一つは宿儺の指をすべて取り込んだとき。もうひとつは目の前の人物が、間違った死を迎えようとしているとき。
このどちらかの状況になれば虎杖にも「自死する度胸」が生まれるのだと思う。
逆をいえばそれ以外の場面では虎杖は死を拒絶すると思う。
特級呪霊との戦いで見せたように虎杖自身、死が怖いと考えている。
強靭な肉体を誇る虎杖でも、メンタル部分は我々と何ら変わりない。
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