【2020年本屋大賞】『ライオンのおやつ』作:小川糸【書評・感想】

小説

死との向き合い方

 初めに話しておきたい部分は「死との向き合い方」である。

 これまでの人生において「死」について考えたことがないとは言わないが、その「向き合い方」については考えたことはなかった。

 特に今回の話にあるように余命というゴールが存在するというのも、想像したことすらない。

 70歳や80歳、いや90歳まで生きることができる日本である。 

 いつの日か自分のもとに訪れる、遠いの未来の可能性。多くの人にとってはそうだろう。

 だからこそ、雫は30代という若さで余命を言い渡されたことにショックと絶望を隠すことができなかった。

 ”まさか”自分が余命を宣告する立場にあるとは想像していなかったのだ。

 しかし、当然のことながら自分がそっち側に選ばれる可能性もゼロではない。

 雫は事実を受け入れられず、ひたすらに現実を拒絶していた。

 でも、そうする以外に、どうすることもできなかったのだ。

 自分の中で猛獣のように荒れ狂う感情を、そうでもしなければやり過ごすことができなかった。

 私は完全に、ぬいぐるみに八つ当たりをする愚か者だった。

『ライオンのおやつ』P102 著:小川糸 発行所:ポプラ文庫

 父から毎年誕生日に貰った大事な大事なぬいぐるみを破壊する。

 人生に対する無力感に包まれた雫は、そうすることでしか自分を認めてやれなかったのだ。

 世界を敵に回すことで自分の体と心を守ろうとしていた。

 このように余命の宣告を受けれれることができなかった雫は、死という概念に対してかなり強い反発を見せる。

 しかし、「ライオンの家」での生活を通して彼女の考え方にも変化がみえる

 それは死と向き合う≒死への強い反発ではないという可能性だ。

 雫が百という少女が懸命に生きようと縋る思いで戦うさまをみて感じ取ったことであった。

 百ちゃんと会うまでの私は、まだ人生が続いているのに、死ぬことばかり考えていた。

 それが死を受け入れることだと思っていた。

 でも、百ちゃんが教えてくれたのだ。

 死を受け入れるということは、生きたい、

 もっともっと長生きしたいという気持ちも正直に認めることなんだ、って。

 そのことは私にとって、とても大事な気付きをもたらした。

『ライオンのおやつ』P159-160 著:小川糸 発行所:ポプラ文庫

 つまりどういう死を迎えるかというカウントダウン的思考に持ち込むのではなく、死期が近いということを理解しながらそれでも生きたいと強く願う

 非現実的な抗いで感情的にならず、今自分にできることだけを積み重ねる。

 そうやって一日一日を大切に、一生懸命に生き抜く。

 つまり「死と向き合う」ということは「生と向き合う」ということでもあるのだ。


 正直な話、余命というものはもっと重苦しく、耐えがたいものだと思っていた。

 そのことに間違いはないのかもしれないが、マイナスだけの生活ではないというのはこの作品を通じて感じ取れた。

 余命といっても、死が訪れるその瞬間まで生きているという部分には変わりない。

 それまでの瞬間をどう生きるのかが一番大切。そのことは何としてでも価値観の根底に留めておきたいと思った。

 また日常を生き抜くうえでは、それだけでいっぱいいっぱいになることがほとんどだろう。

 学校や仕事、家事など生きるためにはすべきことだらけでよそ見する隙はほとんどない。

 そんなときでも、たまにはわき道に逸れて自分自身と対話することが大切なのかもしれない。

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