羂索の考える”肉体”と”魂”
真人は”魂は肉体の先にある”という主張だが、羂索はそうではないと考えている。
「君は魂は肉体の先に在ると述べたが、やはり肉体は魂であり魂は肉体なんだよ。
でなければこの現象にも入れ替え後の私の脳に肉体の記憶が流れてくるのにも説明がつかない」
『呪術廻戦』11巻 第91話「渋谷事変⑨」
この発言は渋谷事変にて五条を獄門彊にて確保したときの場面である。
夏油の容姿のまま好き放題やられている現状に納得がいかなかった五条は夏油傑の肉体に対して話しかける。
そうすると夏油傑の肉体が自ずと反応をみせる。
もし”魂は肉体の先にある””状況であれば、体が勝手に反応するなんてことはないだろう。
また”やはり”と述べていることからも、長い間生き延びてきた羂索も肉体と魂は同列であると考えていたのではないかと推測できる。
どちらかが先ということではなく、同時に発生しているという考え方である。
この”肉体”と”魂”というう考え方は、宿儺が受肉していることとも関与していることは間違いない。
宿儺は肉体が即身仏となったため、特級呪物と成った20本の指は魂が20分割されていると解釈してもよいだろう。
となれば重要なものは肉体がどうなっているか、である。
宿儺の魂に対しては伏黒恵の肉体では足らないのではないかという考察もまとめているが、もし『呪術廻戦』が”肉体”と”魂”という2つの要素で構成されているのであれば注意したいところである。
コメント